特攻平和会館などと言うところは長崎の原爆記念館を小学校の修学旅行で訪れて以来のことです。
       中々こういう機会じゃなければ来ることもないのでしょうが、来て見て思うことは、
       やっぱりもっと早く来るべきだったと思おう事ともう一度ゆっくりと訪ねて見たいな思ったことでした。
       (そう言えば数年前に沖縄の姫ゆりの塔は言ったことがありました。)

                      

  中は、撮影禁止なので、写真がないのですが、展示物よりもそこにある特攻兵士の最後の手紙、
 一つ一つ読んでいくと本当に心打たれるものばかりでした。そんな中、中央の展示物の前で、ここの解説をしてくださると言うことで
 私も一番前で聴かせて貰ったのですが、そこに現れたのは、白髪の老人でした。年のころは七十四、五といったところでしょうか。
 この方が今から30分、本当は30分では語りつくせないのですが、話せるだけ話しますのでしっかりと聴いてくださいとの言葉で
 語り始めました。私としては30分は長いなぁと思っていたのですが、この方のお話は本当に心を打つものばかりでした。
 この方が話してくださった人たちは17,8で特攻機に乗った人たちのお話ばかり、先にも書きましたがこの人の年齢は見た目
 七十四五、丁度話してくださった人たちがお兄さんに当たる年齢のようです。きっと自分の兄さんたちの思いを後世に伝えるのが
 自分の使命と思って、切々と語り続けていらっしゃるのだろうと思うと感慨深いものがありました。



                      

                  中からは撮影が出来なかったので、外から撮って見ました、観にくいですが悪しからず。


           さて最後ですが、最後はやっぱり鹿児島と言えば焼酎でしょう。と言うことで焼酎工場へといっても、観光用ですけどね(苦笑)

                     

              全国の焼酎の90%の種麹をここから出しているそうです。でもここで飲んだ焼酎はあんまり好みじゃなかったけどな


                      

                  この焼酎一本一万円だとか、最近焼酎も高級志向ですね(いいのか悪いのか分からないけど)

    本当はこの焼酎工場見学はゴルフ組みと合流してからのはずだったのですが、いいとこ取りは許さんと言うか、ゴルフが遅れてるので
    待ってられるかというっことで、強引に先に行ってしまったのですが、ゴルフ組から何もクレームは付きませんでした。
    なぜなら、雨がひどかったらしくって、殆ど無口、クレーム付ける気力もなかったみたいです。
    ここから3時間実に静かな福岡までのたびでした
(笑)